山陰支部の近況報告
平成15年度の会報誌原稿
 平成15年度の山陰支部同窓会は玉造温泉「ホテル玉泉」に長薬同窓会西脇会長(S35卒)をお迎えし8月30日に開催しました。その模様をホームページで報告いたします。
 参加者は10名と小規模でしたが、昔を懐かしむ年齢の方々がご出席されましたので和やかにひとときを過ごすことが出来ました。西脇会長様には遠路、陸の孤島山陰へお越しいただきお礼申し上げます。また、多忙の中、集まっていただいた支部会員の皆様に感謝いたします。
 西脇会長のご挨拶で、山陰支部同窓会に参加するに至った経過、会長に就任された経緯のお話に感銘を受けた次第です。ますます長薬同窓会の発展を願っております。また、学部歌の紹介を薬専の先輩にしたところ、「重し、重し、我らが任務」のメロディーが違うと指摘を受け、改めて作成されたそうです。
 しかしながら、会長の指導のもと参加者全員で合唱しましたが、馴染まないとの意見が大勢を占めました。馴染んだ学部歌一つで青春時代の思い出を侵されてしまうようで、心の中では変調のメロディーを思わず口ずさんでしまいました。
米子からの初参加の女性会員の到着を待って、記念撮影をしました。筆者(支部長)の都合で月末に開催してしまい、仕事の事情(保険請求、棚卸し等)をかえりみず参加いただき感謝・感謝です。次回の開催は是非、鳥取県で!また、仕事の事情を考慮の上、日程を決定しようと決意を新たにいたしました。(仕事の都合で参加出来なかった支部会員の皆様、誠に申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます。)
 前回、温泉につかりながらゆっくりとお話をしようと提案しましたが、温泉に入らず宴が始まってしまい残念でした。(浴衣も準備し、料金も徴収してありました。)結局、宿泊しました4名が温泉を利用した次第です。この後、大事件が発生することになるのですが、その顛末は別のかたちでご紹介いたします。
 さて、宴会ですが、海の幸の料理に皆様ご満悦で、お酒がすすむことこの上ない喜びでした。(筆者は飲酒禁止なのですが、家内という保護者が付き添いでしたので、つい飲酒してしまいました。)宴の途中、参加者の近況報告をいただきました。その概要はつぎのとおりです。
 管理薬剤師をしている郡山さん(S61卒)、福岡から後輩が戻り同じ職場で頑張っているとのこと。MRの中川さん(S50卒)、今年米子に転勤し頑張っているそうです。(明治製菓の薬をよろしくとのこと。)鑑識をしている間瀬田さん(S47卒)と病院勤務の高木さん(S45卒)は学生時代アパートが同じでしたが、結婚・就職後、同窓会で再会し今回も隣の席順で深い縁があるものです。両先輩には山陰支部設立のいきさつのお話をしていただきました。会長とは野球部が縁で付き合いが深い板倉さん(S49卒)(今回、会長のご出席に貢献されました。)
 出雲空港に初めて降り立った時の話には皆さん大笑いでした。(3月の風雪模様の描写がコミカルでした。)県立病院を勇退し、調剤を通じて後輩の指導をしておられる山本さん(S39卒)。大学で臨床検査技師の養成講義をしている山田さん(S50卒)、臨床検査未経験でよくやれると笑っておられました。薬局を経営している山田さん(S52卒)、仕事の苦労話を明るく語られました。支部長夫人の橋本さん(S51卒)、保健所で薬事業務をしている支部長の橋本、幹事兼務でお疲れ様でした。ホームページの更新と携帯用のホームページを新設することを宣言し、宴会を弾ませていただいた板倉さんの音頭で閉会となりました。

 宴会後、控えの部屋で2次会をしましたが、皆様和気あいあいで誰も温泉に入ろうとしませんでした。そのなかで、不正ケシ(ソムニフェルム、セティゲルム)の話で盛り上がりました。鑑定する側と、抜き取る側、立場が違うとケシの花も赤くなったり白くなったりで面白い話題でした。ITに精通している郡山さんにはPC関係の相談をしたいと思いました。掲示板で相談にのっていただけると有り難いのですが。退職が間近な年齢となった方々には、就職口の斡旋の話題で盛り上がっておりました。(薬剤師には引退することが許されません。)
 そうこうするうちに、冷蔵庫のビール・酒が無くなり会長の部屋のお酒まで引っ張り出す有り様でした。
平成16年度の会報誌原稿


会長、被害に遭遇

 さて、支部同窓会の2次会が解散となり、会長、I氏及び支部長夫妻の4名が宿泊することとなりました。男性3名温泉につかり疲れ(酔い)を癒そうということで入浴しました。かえって、酔いがまわりすぎたかもしれません。
 入浴した順に湯からあがったのですが、会長が脱衣場でウロウロしておられます。「部屋の鍵・眼鏡・着替えのパンツがない!」場所を忘れないよう64番(年齢と同じ)で脱衣したはずなのに籠ごと無い。私は部屋番号の61番で着替えました。(酔っているのでそれぞれ配慮するものです。)後から、板倉氏も加わり広い脱衣場をくまなく探し回りますが会長のパンツ等が見あたりません。(その間、当然、会長はタオルで前を隠しておられました。)私は部屋に眼鏡を置いてきたので、探し回っても近くまで行かないと何も判りません。頼りになるのは板倉氏のみ、当然、会長と私は眼鏡がないのでウロウロ。私の下着は残っているので素早く着替え、冷静になることが出来ました。
 パンツより、眼鏡が大切だ。いや、部屋の鍵だ。(部屋に入られたら貴重品が盗まれる。)

 直ぐに、フロントに電話するがノンビリした土地柄で、「もう一度探して下さい。」とおっしゃる。「それよりも、部屋の鍵がないので、部屋に入られないようにしてくれ。」と叫びますが、部屋の番号は記憶にない。「長薬同窓会の部屋だ!」と叫びました。(長薬では長崎大学薬学部とは誰も気がつくまい。と内心安心し、予約に長薬同窓会山陰支部としたのは正解だった。)
 そうこうするうちに、フロントから連絡があったのか、係の者が現れ事情を聞き、探すが見あたらない。また、部屋付き係の仲居さんが現れ、会長のサイズを確かめ新品の下着をもってきて、やっと会長は哀れな姿から解放されました。部屋の鍵など貴重品入れのロッカーが脱衣場にあるのが判り、ここに入れておけば事件は起きなかったと反省しました。(当然、反省したのは私であり、被害者の会長は血圧が上がったのではないでしょうか。)

 湯冷めして風邪でもひかれたら大変なので、控えの部屋に戻ることにし、あとはホテルの職員と極めて冷静な板倉氏を残しました。
 部屋に戻り、支部長夫人に事情を話して会長の部屋番号がわったのですが、直ぐにフロントから部屋には誰も入っていないと連絡がありましたので一安心。しかし、眼鏡がないのが困ったもので、明日の観光が台無しになると危惧しました。会長は意気消沈状態です。
 数分達った頃、板倉氏が眼鏡と部屋の鍵を持って現れました。会長には天使に写ったことでしょう。(歳をとったヨレヨレ天使ですが)会長感激!感激! 板倉氏からその後の、脱衣場の状況説明がありました。これがまた、奇怪千万です。

 会長と私が出て行って暫くすると、他の入浴していた客が財布が無いと騒ぎ出したそうです。それで初めてホテル従業員が慌てだしたとのこと。(それまでは、酔っぱらいの戯言と内心は考えていたようです。それで他人事みたいな対応だったのです。)財布がない客が洗面台の上に眼鏡があるのを発見し、板倉氏が鍵もあるのでこれは会長のものだと判断し持ち帰ったのだそうです。私たちは会長のパンツ、パンツと頭で考え、探し回っていたので、洗面台の上にパンツがあるはずもなく発見出来なかったのではないでしょうか。(会長の眼鏡と思って探していたら、台の上に置きやすいので、発見できたかも?)
 会長のパンツが新調されたのを祝し乾杯!(ホテルの対応の悪さには憤慨! 翌日までにお詫びの挨拶がなかったら、ダメなホテルだ。反面、農協が経営なので無理かも。)長崎に戻られ、パンツが新しくなった理由を奥様に話されて信じて頂けましたでしょうか。この記事がご夫婦のお役に立てば幸いです。

左下の写真:ホテルでの一枚、これから出雲路の観光に出発
右下の写真:奥様が待つ長崎へ

会長、出雲路を観光
 翌朝、晴れ晴れと起床したかったのですが、あいにくの大雨。今年の夏はどうなっているのか、観光日程が狂ってしまいます。
 朝食の量にビックリし、出発前に玄関で記念撮影しました。写真脇の飾りは平田の「一色飾り」です。I氏の勤務する病院から呼び出しの携帯がなり、4人で途中まで同行することになりました。最大の観光目的の松江堀川遊覧船は午前中、雨で水嵩が増し中止と判り、午前中は出雲大社にお参りすることとしました。

 大雨の中参拝し、続いて日御碕神社に向かいます。東洋一の美しい灯台があり、上まで螺旋階段を登れるのですが雨のため中止。日御碕神社は伊勢神宮と出雲大社と結んだ延長線上にあり、伊勢神宮沖で日が昇り日御碕神社沖に日が沈むのだそうです。(山陰の名称は、このことから発生したのかな?)
 お昼になったので、名物、出雲割子そばを食べ、会長の好きそうなワイン工場へ向かいます。ここでは試飲コーナーがあり好きなだけタダでワインを飲めます。会長は気に入って辛口ワインを購入されました。
 出雲平野の風景を雨上がりの靄の彼方に見ながら、松江に向かいます。途中、我が町(平田:今晩の会長の宿泊地)を通り抜けますと、広々とした宍道湖がみえます。小川は増水し道路から5cmくらいの高さです。遊覧船が無理ならどうしよう。
 車の中で話し合い、乗り付け場に行ってダメだったら、松江城(天守閣)に登ることとなりました。この城は昔のままで、コンクリートで再現したものではありません。日本には3つしか残っていないうちの一つなのです。木造の良さをかみしめつつ、滑る階段を上って天守閣まで、やっと撮影が出来ますが暗くて良く写りません。
 昨夜からの疲れた身体を引きずりつつ会長を早めに宿(平田のホテル:出雲管内で一番新しく出来た)にお連れし休息をとって頂くこととなりました。夕食は出雲の旧家を改造した料亭で和食をいただく計画です。

落ち着きのある料亭にて歓談
 
宍道湖に続く斐伊川土手を下り、翠苑という料亭(旧庄屋を改造した店舗)に到着。日が落ちるには少し時間があるので、庭園・茶室を見学する。抹茶をたてると女将の説明があり、茶室で待機するがその気配が無い。茶室の説明文で茶室は別途、貸し出しするとのことで、素早く予約席へ戻ることにする。が、予約客は我々3名のみで大名気分で食事を楽しむこととなった。料理が運ばれるたびに女将から料理の解説があり、有り難いやら、品良くしないと食べられません。会長は運ばれる料理にパチリパチリとデジカメでご挨拶を欠かしません。(会長と支部長夫人がお酒を召し上がり、私は、運転手役です。)
 会長のご家族のお話し、私の子供の話しや、今はマンションを建てたが蛍茶屋にあった会長宅の庭園の話し、出雲弁についてうんちく(ばんじまして! ただもの! だんだん!)と話題が弾むうち決定的共通点を発見しました。なんと、会長と私は誕生日が同じ4月29日(昭和天皇の誕生日)でありました。
 お疲れを見せられることなく、宿泊ホテルへもどり、翌日は市内の散歩を計画し実施されました。その途中に、出雲平野に特有の築地松を近くからご覧になったそうです。
 翌朝、会長を出雲市駅にお連れし、「スパー特急おき」で帰崎されました。お別れに駅前でパチリ。



下の写真は平田市島村町にある「松翠苑」の宴席と茶室、ここで出雲路観光の疲れを癒しました。(会長の家にもこのような庭があったそうです。)

会長の出雲路の観光レポートが見れます。ここをクリック。

平成17年度の会報誌原稿

平成17年9月17日、出雲市平田町(合併により平田市が出雲市になりました。)の「温泉ゆらり」において支部同窓会を開催しました。

新人の参加が少なく、先細りするのではと危惧しておりましたが、今回初めて、小笹先生に出席いただき、ありがとうございました。初参加では、諸先輩方に気兼ねしてなかなか話題についていけなかったかもしれませんが、回を重ねると遠慮なんて無くなってしまいます。私も20年前の30代前半が初参加でしたが、2回目の参加から気兼ねなく話題についていけるようになりました。

参加者は10名と少なく、50代以降の世代は第2の人生について語り合うことが多くなりました。また、健康を気にする年代ですので先輩達についての話題で盛り上がります。療養中で参加出来ないとの返事がありますと、気になりだして一時は場が暗い雰囲気になることもありました。


そこは、特別に明るく陽気な一人の九州男児(今回、該当者3人。その人は?)が和ませてくれます。新婚の出席者、安食先生に集中砲火をあびせ、知り合った経緯、新婚旅行先、住まいなどを聞き出し幸せ気分のお裾分けをいただきました。

開始時間の2時間半前に到着され、温泉気分を満喫された間瀬田先生、開始時間が変更になったことをHPでご覧になっていなかったのだそうです。郡山先生、山田先生と私も開始時間前に温泉気分を堪能した次第です。出張の帰りに駆けつけていただきました山田先生、ご主人の小言はありませんでしたか。病薬の研修会が松江で開催されることとなり、開始時間変更を申し出られた板倉先生がご夫婦で早めに到着され、ビックリ。二日酔いで研修参加を見送ったそうで、支部同窓会には欠かさず出席されるとは流石です。県薬の理事(研修担当)なのに大丈夫ですか?この原稿は長崎大出身の薬剤師にしか目に触れないので大丈夫でしょう。(研修欠席が明らかになります。)

山本先生が到着され、宴会がスタートします。
研修会参加で遅れて来られた、安食先生、小笹先生が落ちつかれたところで、自己紹介、現況報告の挨拶が順に廻ります。すると、開始早々、横からいろいろな質問が飛び交い混乱気味。途中で横道に逸れて質問が一段落したら現況報告の続きを始めますが、またまた脇道に逸れる話題を提供し続ける方々が続出します。皆さん、早く自分のことを知ってもらいたかったようです。そうこうするうちにやっと一巡しました。続いて各自、席を移動して懇談開始…

宴の途中、欠席された田口先生の近況報告がありました。横須賀に転出されますので、山本先生及び支部長のお別れ挨拶を収録します。リハーサル無しでしたから、カット・カットで、編集力に頼るしか手はないか。この同窓会の模様をDVDに納め、田口先輩へ記念に送ることになりました。撮影担当の橋本先生(支部長夫人)ご苦労様です。

やっと、予定時刻となり、学部歌を合唱することとなります。ところが、平成の卒業生は学部歌を聴いたことが無いとのことで、諸先輩方はメロディーの講義を開始します。正調学部歌(重し、重しのメロディーが異なります。)は支部には馴染まないとのことで、変調学部歌を後輩に伝えました。2年前、同窓会会長から直々に手ほどきされたメロディーが後輩に伝わらなくて、誠に申し訳ございません。
学生時代、音楽を堪能された間瀬田先生と郡山先生、さすがです。酔いのため音程が狂うのをうまくカバーされます。

学部歌に熱中し過ぎて、出席者全員の記念撮影を忘れてしまいます。誰からも、記念撮影が済んでいないとの指摘もありませんでした。筆者もデジカメを整理後、この原稿を書いて添付写真をと思ってから気が付く有様です。誠に申し訳ありません。動画を配信することで、お許し下さい。

山本先生、お疲れのところありがとうございました。小笹先生、安食先生、次回のご出席をお願いします。

2次会は九州男児3名と郡山先生、それにそのご夫人2名で出かけます。九州育ちは間瀬田、板倉、橋本の鹿児島・長崎トリオです。スナックでは出雲弁講座を開設。出雲弁なまりの九州弁、標準語では?と、頭の中が錯綜します。そこで、郡山先生とご夫人方が正しい出雲弁をレクチャーされ、講座が盛り上がる盛り上がる。
若かりし頃、出雲に住み着き、言葉が理解できずにとまどった日々、失敗談。結局、今は出雲人になってしまったことで、一件落着でした。


この模様はダイジェスト版をHPで流します。長薬同窓会山陰支部のホームページをご覧下さい。
 
http://www2.ocn.ne.jp/~kaku4/

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