論 文 ・ 会 報 誌 の 原 稿
山陰支部会員の論文が平成15年2月21日ラジオ短波で放送されました。
題名は「長期経腸栄養施行患者に対する薬剤管理指導業務」です。放送原稿はここをクリック。
安食 健一 先生です。
新田真紀 先生です。
上記原稿はH15.7「県薬しまね
」第75号に掲載されました。


「炎症性腸疾患における保険適応外使用薬剤について」


 近年、潰瘍性大腸炎やクローン病が急速に増加してきている。食生活の欧米化と関係があるといわれているが、原因はいまだ不明である。潰瘍性大腸炎は、主として粘膜と粘膜下層を侵す、大腸、特に直腸の特発性、非特異性の炎症性疾患である。30歳以下の成人に多いが、小児や50歳以上の年齢層にもみられる。クローン病は、主として若い成人にみられ、繊維化や潰瘍を伴う肉芽腫性炎症性病変からなり、口腔内から肛門部までの消化管のどの部位にも起こりうる。現在、これらの炎症性腸疾患は特定の薬物のみで治療できるものではなく、症状のコントロールを目的として薬物療法が行われている。治療目標は、病変部の炎症を抑え、下痢、腹痛、発熱、出血などを改善し、二次的に生じた低栄養状態を改善することにあるといえる。
 当院における炎症性腸疾患に対する薬物療法の中で、保険適応になっていない免疫抑制剤アザチオプリン(アザニンR)、6−メルカプトプリン(ロイケリンR)、抗生剤メトロニダゾール(フラジールR)の使用について述べる。

[アザチオプリン、6−メルカプトプリン(6−MP)]
 これらの炎症性腸疾患は種々の免疫異常が関係していると考えられている。免疫抑制剤が適応となるのは、他の薬剤で難治性の場合、ステロイドの減量が困難な場合、ステロイドの副作用がみられた場合、ステロイドの減量・離脱を必要とする場合等である。免疫抑制剤を併用することで、ステロイドの減量や中止が症状の再燃なく行うことができるようになる。また、アザチオプリンは3〜6ヶ月以上投与すると再燃を予防する効果があるとのデータがある。
 6−MPはクローン病で治療抵抗性の場合や瘻孔(官腔臓器から体表あるいは他の臓器に通じる異常な導管。体表に通じるものを外瘻、他臓器に通じるものを内瘻と呼ぶ。)を形成した場合に有効であり、治療目的で使用することもある。投与量はアザチオプリンが50〜100mg/day、6−MPが30〜50mg/dayである。効果発現まで3ヶ月以上を要する場合が多いことが難点である。副作用として顆粒球減少、膵炎などがみられるため、投与に際しては定期的な血液検査が必要である。


[メトロニダゾール]
 原虫の一種であり膣炎などを起こすトリコモナスに対抗する薬剤として開発されたが、細菌感染症やアメーバ赤痢をはじめとする寄生虫疾患に有効な薬剤として使用されてきた。
 クローン病に対する有用性を示す報告は1975年のスウェーデンのUrsingらに始まり、瘻孔形成を伴う肛門部病変(いわゆる痔などの肛門部の異常。クローン病の場合、高頻度に合併する。)に対する有効率がとりわけ高いとされている。適応となるのは、クローン病で大腸に病変を有する場合、急性期、サラゾピリンが有効な場合、肛門部病変を有する場合等である。潰瘍性大腸炎に対しては、クローン病に対するほどの効果は期待できないものの緩解維持に有効との報告が増加している。投与量は0.75〜1.0g/dayが適当であるが0.5g/dayで有効な場合もある。長期にわたって服用すると、四肢のしびれや感覚異常を症状とする末梢神経障害や眩暈(めまい)などの副作用が出現する。また、服用中に飲酒をすることによって、腹部の疝痛、嘔吐、顔面紅潮が生じることがあるため服用中は飲酒を避けなければならない。

板倉忠則先生です。上記の原稿は平成16年1月「県薬しまね」第77号に掲載されました。

「大年神社正遷宮を行って」

 私が住む出雲市の大津朝倉には素戔嗚尊(スサノオのミコト)御子とされる五穀豊穣の神(大年神)を祀るお宮(大年神)がある。大津朝倉は大津町の最も西側に位置し、大津町と今市町、姫原町との境にある。県立中央病院の南東側に位置し、歩いて5〜6分ぐらいである。また出雲9号バイパスが通り、都市計画により整備された町並みである。

 私が長崎市から愚妻の故郷に来たのは昭和56年の4月であり、この大津朝倉はのどかな田園風景が広がっていた。愚妻の家も農家であり、両親がコシヒカリ等の米を作っていた。その昔(たぶん鎌倉〜室町時代頃ですがはっきりしない)、朝倉の郷に幾度かの大水の禍があった時、村老に霊夢があり、大年神を祀るようになった。それ以来、朝倉の郷の鎮守の氏神様として、村民の尊敬篤い由緒ある神社である。江戸、明治、大正時代を経て、昭和12年10月に石造りの祠建立されたのを最後に、現在に至っていたが、60余年の厳しい自然にさらされた傷みが酷くなった。今回、奉賛会を結成し修復造営を行うこととなった。私は推薦され、奉賛会の役員となり修復造営に係ることとなった。農業を業としない私が五穀豊穣の神の奉賛会の役員をするのもおかしな話であるが、地域密着型の病院薬剤師を目指す者としては積極的に参加することとなった。

 役員会で事業計画、予算等が決定され、奉納金を集めることとなった。予定額以上の奉納金が集まり、役員一同ほっとした。先ず、ご神体を本院の阿須利神社に移す仮遷座祭を行い、いよいよ造営工事となった。石材店の協力で急ピッチの工事となった。次第に出来上がるお宮を見て感動した。御影石の祠、それは見事なものであった。

 平成15年10月5日(日)、朝倉大年神社正遷座祭を執り行うこととなった。阿須利神社にて湯立神事、仮殿祭を行い、召立出御して大津朝倉に向かった。大津朝倉で正遷座祭が行われた。これらの祭典は厳かに進行した。直会では頑張って良かったと思いながら杯を重ねた。

 こうして、大津朝倉の大年神社の正遷宮が終わった。60年ぶりであり、おそらく今後100年近くはないだろう。大津朝倉に住んで得た貴重な体験であった。
小笹歩先生です。上記の原稿は平成15年10月「県薬しまね」第76号に掲載されました。

ある外国人患者の指導を通じて思ったこと」

 某日、
ある外国人患者さんが私の担当する病棟に入院してきた。英語オンリーの患者さんで、カタコトの日本語しか理解できないということだった。お恥ずかしいことに学校卒業以来、ほとんど英語を使わなかった私にとって大変な場面を迎えた。
 まずは英語での挨拶に始まって、自己紹介、薬の用法、効果の説明をしなければならない。辞書、外国人患者説明用ハンドブック片手に奮闘が始まった。治療法・使用薬剤についてはDrよりある程度説明がなされていたようなので、薬剤師の役割として一番重要な事は薬の用法・用量を間違えなく伝え、きちんと服用してもらうことであると思ったので、そちらの方に力を入れた。
 結果、用法に関してはいい具合に伝わり、きちんとした服用が得られた。説明に使用した英文をいくつかあげてみよう。
How are you,Mr.0000 :こんにちは、0000さん。
Here's a 00day supply of your prescriptuon. :00日分のお薬です。
Take this medicine three times a day after every meal. :この薬を1日3回毎食後飲んで下さい。
Do you have any worry? :何か心配事がありますか?
You have additional medicine. :お薬の追加があります。
Well, please take care of yourself. :それでは、お大事に。
Please, speak more slowly. :もう少しゆっくり話してください。
Analgesic and anti-inflammatory drug. :消炎鎮痛剤
Adrenocorticosteroids :副腎皮質ホルモン
Antibiotics :抗生剤
Sleeping pill :睡眠剤

(結論)
 英語があんまり話せない私でもなんとかジェスチャーと熱意で伝えることは出来た。知らない単語は調べれば良いとして、どんどん外国人の方とコミュニケーションをとって慣れていく必要があると思った。私はこの体験を通じて英会話って面白いなぁと思ったし、これからも機会があったら、どんどん外国人の方と話がしたいと思った。今日、病棟・外来で少しではあるが外国人の方を目にする機会が増えてきたので、機会があればコミュニケーションがとれたらなと思っている。
 これからの国際ニーズにあわせて、薬剤師としても英会話をもっと身近なものにしていけたらなぁと思う今日この頃である。
郡山信宏先生です。上記の原稿は、平成16年4月「県薬しまね」第78号に掲載されました。

「私の趣味」


 私の住んでいる松江は、古くより、お茶が盛んで、江戸時代、松江の藩主だった松平不昧公が大変お茶好きで当地でもお茶が盛んになったといわれています。お茶が盛んなので私もと言う訳ではないのですが、私の趣味はお茶です。と言っても、ここ最近、お稽古をしていないので趣味と言えるかどうかは、分かりませんが、………。
 お茶と言えば、表千家、裏千家。ここ松江は先ほどの不昧公が始めた不昧流が有名ですが、私の流派は武者小路千家と言います。
 もともと、茶道は千利休が始めたと言われていますが、その弟子たちによって流派が分かれ、表、裏、武者小路と三派に別れました。ですから武者小路千家も古くからあった流派です。お茶と
言えば、作法が厳格で、長時間正座をしなければならず、常に緊張しながらしなければいけないと言うイメージがあろうかと思います。私も薄茶などは子供の頃から飲んでいたのですが、正座してまでお茶なんてと思っていました。
 私がお茶をやるきっかけはいたって、不純かつ単純なもので、「茶懐石」と言うのがあるということを知ってからです。懐石と言えばお酒、そうです、お酒も飲めるところなんだと思ったときから、「よし、お茶を習おう」って、本当に単純ですよね。
 ただ、「茶懐石」への路は、すごく遠く、まだ私自身は「茶懐石」を体験しておりません。「八寸」と言うお手前がこの「茶懐石」の一つなのですが、時代劇で「まずは一献」と言って飲み交わすお酒、実はこの「八寸」と言うお手前でも使います。さしつさされつのお酒のやり取りは、この「八寸」から来ているとも言われています。
 「八寸」への路は非常に遠いのですが、まず、最初に習うお手前は「盆手前」と言われるもので、お盆でお茶道具を運んできて、お手前をします。目の前にある釜のお湯は使わず、自分でポットのお湯を運んできて行います。いたってシンプルなお手前で初心者はここから始めます。お茶をやり始めて、よかったなと思ったのは、お稽古の時間、外界と隔絶された静寂の中に身を置けるということでしょうか。聞こえるのは、釜が沸かすお湯の蒸気の音だけ。こんなに静かな場所を見つけるのは、なかなか難しいことだと思います。この静けさの中でお稽古をしながら、いろいろと思いをめぐらせるのもまた、一興です。
 そして、もう一つ、お茶は奥が深いということ。お茶は、お茶の味を楽しむためのものです。楽しくお茶が飲めれば、本来は作法だの何だ、とお考え下さい。ですから、作法と言ってもそれほど難しくありません。そのうえで、お茶を楽しむためにお茶の味を知り、茶碗などの道具にこり、茶室に飾る草花や掛け軸などを吟味し、お香をたいて、茶室の雰囲気を造る。
 茶道のみならず、華道、書道、香道、骨董にも広がっていく奥の深さ。飽きっぽい性格の私にとっては、やればやるほど興味が広がっていく。そんなところが私にとってのお茶の魅力でしょうか。
 とは言うものの最近は仕事のほうが忙しく、お稽古に行けないのが現実です。日常生活に追われるだけでなく、「心の余裕を持つことが本来お茶の行き着くところなのかなぁ」と自戒の念もこめて思い巡らしているところです。
 お茶会というのがあります。年の初めにするお茶会を「初釜」と言いますが、そこで私の失敗談を一つ。私の師匠は月照寺の安井住職なのですが、お正月には毎年、その月照寺で「初釜」が開かれます。私ども安井社中は、ほとんど男性で(松江の武者小路千家のメンバーも男性が多いのですが)ユニフォームとして袴をはいてお茶会に参加します。ある年、私は「お運び」(お茶をたてるのではなく、お菓子やお道具を運ぶ、文字通りのお運び係りです)をおおせつかり、ユニフォームの袴をつけ、颯爽と(私が思っているだけですが)茶室に入りました。お客様の前に、お菓子を差し上げ、いざ、立とうとしたときです。袴は腰の後ろの帯の結び目に引っかけて固定してあるのですが、袴の裾を踏んで袴が帯からすっぱ抜けないように注意して立たなければならないのですが、その注意を怠り、袴の裾をついうっかり踏んでしまいました。皆さんのご想像どおり、袴は帯からすっぱ抜けて、お尻のほうまで下がってしまいました。
 お茶会ということもあり、茶室は一応、静寂を保ってはいましたが、お客様の笑いを押し殺す雰囲気がいやおうにも伝わり、私は顔を真っ赤にして茶室をそそくさと出て行くので精一杯でした。この年の「初釜」は、私の演出(?)のせいで笑いのあるお茶会となってしまいました。
 まあ、こんな失敗をしていても笑って許していただけるお茶の先輩方とご一緒させていただき、お茶の奥の深さと、お茶をやる方の心の広さを感じています。こんな私でもお茶が好きという理由だけでやることができます。みなさんもご興味があれば、一緒にやりませんか? 袴の裾を一緒に踏みましょうとは申しませんから………。
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