平成22年 山陰支部会の原稿と写真
平成22年3月13日に支部同窓会を開催しました。

例年秋に開催しているのですが私の都合でこの時期の開催となってしまい誠に申し訳なく思っております。そのためか参加者が例年より少なかったようです…。郡山さんが幹事を快く引き受けてくださり感謝いたします。

会は先にお亡くなりになられた先輩方への黙祷から始まり、各自の現況報告へと進みます。いつもの流れですが宴たけなわになりますと様々なお話が飛び出します。…県警を退職された医学博士の先輩が北海道の大学に招かれたこと、薬局経営の苦労話、そして計画している方の話し、薬事法が改正され一部の医療機器は販売許可が必要だと学生に教えられたことなど…。その話題の一つがとても気になりました。それは後輩達のことです。

平成卒の方々は学部歌をまったく聞いたことがなく、勿論歌ったことなどないとのことです。支部会を重ねるたびに気になっていたことなのですが、…「いつ歌ったのかな?」と思考が飛びます。
「研修旅行でのことでは?」…いや、入学式後のオリエンテーションや卒業式でも聞いたような気もします。久住、えびの高原でキャンプファイヤーを囲み肩組んで歌っている情景も浮かびます。
研修旅行では教授、職員、学生と、世代を超えた交流がありました。「先輩達に教わって歌った、いや、歌わされたのでは?」…そんな気がします。
「研修旅行はいつ廃止になったの?」…昭和50年代の中頃らしい。…「と、言うことは昭和60年頃には歌われなくなったのかな?」…その頃、後輩達が学部歌のメロディーを楽譜に落としたそうですのでほぼ間違いないことでしょう。

歌う機会が減ってしまい、先輩達からメロディーや歌詞が受け継がれることが消滅してしまった。…そのように結論付けました。
そして、最近では11月に全学祭が開催されているようです。「薬学祭は全学祭に組み込まれ、無くなってしまったのかな?」…昭和町時代の薬学祭、それは、それは楽しかったと亡くなられた先輩に聞いたことがあります。
「それで、昔のほうが良かった」と、安易に導き出して良いものでしょうか。年代年代、それぞれに良き思い出が残っているのではないでしょうか。私が経験した薬学祭も長大祭も楽しかった思い出がいっぱいありますから…。

親子ほどの年の差を結びつけるのが学部歌で、一緒に歌うことが良き伝統だと思っていたのですが、どうもこれは怪しい。そうじゃないような気がします。

では、「良き伝統って何?」…
結婚、育児が終わって充実感に満たされる年になった頃、ノスタルジックな気分になって年代を越えた支部同窓会に「一度参加してみようかって気持になるのではないのかな?」…ふと、そんな気がします。
参加してみて、『なーんだこんなものか…ツマンナイ』と思われてしまうのは残念なことです。魅力ある同窓会にするためにはどうしたら…。継続していくには…。先細りになる前に後輩達にバトンタッチしていかねば…。若い人達なりに大学の懐かしさを醸し出してくれるのでは…。
「学部歌が歌われなくなったのも時代の流れじゃないのかな?…」…
昭和町から文教町の新校舎へ、閉鎖された学生会館が新しい学食へ、国立大学から独立行政法人へ…時代は変わって行きます。
ここ数年、山陰を舞台にした映画やドラマを目にします。映画では「白い船」、「天然コケッコー」、「レイルウェイズ」など。ドラマでは「砂時計」、「だんだん」、「ゲゲゲの女房」などです。そこに出てくる情景を見ると山陰には自然がいっぱい残っています。人情も変わることなく流れているように感じます。
長薬同窓会もノスタルジックな気分を残しつつ、育って行ってほしいものです。そして、『昔、こんな学部歌があったんだって、結構、好いじゃん!』って平成卒の後輩達に思われるだけで良いのではないでしょうか。
「学部歌に固執するのはちっちゃいことなんじゃないのかな?」…との結論です。

そして、私には…、プーププ、プーププ…ジャンジャンの囃子が10月7日のテレビから流れてくるとワクワクしてくるんです。
参加者の写真
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楽しいひとときでした。

松江アーバンホテルにて
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